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東京高等裁判所 昭和31年(く)77号 決定

少年 O(昭和一四・三・二五生)

主文

本件抗告はこれを棄却する。

理由

本件抗告理由は、

原決定は著しく不当であると思料する。(一)少年保護事件手続が調査段階と審判段階にわけられるものであり、いずれの段階を特に重視すべきかは一般的には言い得ないと信ずるが、現在の調査官の資質能力の実情に照らしその重点は裁判官自らが少年本人及び関係人等に接触し直接審理をする段階こそ少年審判の中核をなすものと考えられるのである。しかるに審判の実際においては、その重点が間接審理である調査段階に指向され、直接審理は単に形式的な処分決定告知の場のような感があつて、少年法第二二条の要請の前提たるべき最重要な治療の場であることが顧みられない現状である。(二)本件においても右の慣行に従い裁判官は簡単な審問の後直ちに決定を告知されたのであるが、原決定の認定のうち、非行事実そのものの認定はもとより多く誤りはないものと考えられるけれども、少年の要保護性の認定にはなんとしても承服し得ない点が存するのである。原決定が少年を中等少年院に送致する処分に附した理由とされる要旨は(1)性格的変調の深刻(2)家庭の保護能力の欠如(3)少年の反省心の欠如にあるようである。右の性格的変調の深刻さは短期間の鑑別の結果により直ちに結果ずけられるものではないので、原決定も可成りとの用語を使用しているところである。(2)の家庭の保護能力の欠如の点については、原決定に記載されているとおり異父姉A子の夫Kが少年の引取監護を熱望しているのであるが、原決定が少年の性格等に照らしその更生を期するに足る処でないと軽く一蹴していることはなんとしても納得し得ない。少年の家庭にはB(二一年)C(一九年)の両兄がおり、それぞれ堅実な職業に従事しているものであるが、年齢的に十分な監督をなし得ないのを慮つて一同協議の結果三児の父母であるK夫妻がその衝に当ろうと熱望を披瀝しているにもかかわらず、裁判官が審問当日出頭した同人を直接調査することもなく、調査官の間接調査の結果のみを信憑して直ちに適切な保護能力なしとしたことは如何なものであろうか。更に(3)の少年の反省心の欠如について原決定には少年は警察以来終始一貫して係官に対し反抗的な態度を示し特に調査官の調査に対して強く反抗しており……と記載されており、事実皮相的には少年は担当調査官に対し徹底的な反抗的態度を示して来たということである。国家の権力を以て僅か一七年の少年の自由を拘束しこれを調査する少年調査官が資料として自己に対する反抗心を云々し、裁判官がその報告を審判の資料として採用するに至つては驚くの外ないと考えられる。すなわち調査の方針については少年法第九条に医学、心理学、教育学、社会学その他の専門的知識を活用してこれを行わなければならないと掲げられてあるのに、原決定は少年の反抗的態度が何に基因するかに関する右の科学的分析すらなし得ず反省と更生の態度がないと論結している。反対に鞠躬如として調査官の顔色を窺えば反省と更生の態度と云うべきか。この点につき附添人は審判当日偶然に入手し得た、少年が友人S某に宛てた郵便葉書を参考として裁判官の検討を来めた次第である。記録に添附されてある右葉書の記載によれば、少年の反省と更生の態度が歴然としているではなかろうか。しかも該棄書は郵便官署のスタンプによると、審判の日より先立つ数日前に少年が何人の示唆によることもなく書いたものであることが窺われる。「人の性は善なり、真実は掩えども表われる。」要するに原決定は要保護性の認定を誤つた結果主文が著しく不当となつたものと謂い得るのであり、本件の場合はたかだか少年法第二四条第一項第一号の処分こそ、少年の保護更生のためまさに妥当なものであつたと思料されるのである。よつて原決定を取消し更に相当の決定を求めるため本件抗告に及ぶものであるというにある。

本件記録によると、少年Oは

第一、昭和三一年七月八日午後一〇時三〇分頃法令に定められた運転資格がないのに静岡市四番町二方面から同市末広町方面に向い第一種原動機付自転車静市鑑第一八五〇号を運転して無謀な操縦をし、且つ右原動機付自転車には燈火を点けず

第二、同年八月九日午後七時頃窃盗の非行歴のあるC、Fと相謀つて神奈川県鎌倉市方面に向け無断家出して正当な保護者の監督に服さず、不良交遊をして徒食し

第三、同年八月一六日同県藤沢市○○○○海岸海水浴場内△△△海の家脱衣場においてG所有の男物腕時計一個(時価五、〇〇〇円相当)現金九〇〇円及びH所有の男物腕時計一個(時価三、〇〇〇円相当)を窃取し

たものであることを認めることができる。そして本件記録竝びに添附の少年調査記録によれば、少年Oは昭和二九年三月中学卒業後△△印刷所に勤め約一〇月で退職し、その後東京都新宿区の某印刷所、静岡市△△町の××工業所の工員となつたがいずれも永続きせず、それから暫く家庭で徒食し、昭和三一年二月頃から職業安定所の紹介により静岡市△△町土産物店E方に雇われたが同年四月頃から勤務を怠り素行不良となり、同年七月そのため解雇され、爾来家庭で無為徒食しているうち前記第一、乃至第三、の非行に出でたものであり、本少年の性格は他人の自己に対する評価を特に気にするところがあり、家族に対して冷淡であり、職業趣味等外部的事物に対する興味は薄く無関心で、建設的協調的感情が少なく精神病質に属し、家庭は母、兄妹等五人家族で、父は生前鍛治職をしていたが昭和二七年病死したため、家庭の経済状態は困窮し現在兄等の収入により家計を支えている状況であり、母は本少年に対しては指導力に乏しく兄二人は年齢的に接近していて十分に指導する能力がないことを認めることができるのである。又少年調査記録によると、少年の鑑別所在所中の行動、その間における調査官や肉親に対する態度には反省、悔悟が見られなかつたことが認められる。抗告人所論のように本少年が異父姉A子の夫K方に引取られたとしても、本少年の性格、経歴、非行事実に徴すれば、一時同人の監督に服しても再び非行を繰り返すことが予想されるし、又所論のようなSに宛てた葉書の文意によつても本少年が将来不良仲間との交遊を断ち、反省と更生の実を挙げることが確実であると期待するに足らない。寧ろ本少年の性格、経歴、非行事実、家庭環境等から考えれば、本少年の性格を矯正し社会適応を計るためには一定期間本少年を施設に収容し規律的生活の下に適切な教育を実施する必要があるものといわねばならない。しからば本少年を中等少年院に送致すべきものとした原決定の処分は相当であり、所論のように著しく不当のものということはできないから、抗告人の本件抗告は理由がない。

よつて少年法第三三条第一項により抗告人の本件抗告はこれを棄却すべきものとし主文のとおり決定する。

(裁判長判事 加納駿平 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)

別紙(原審の保護処分決定)

主文

少年を中等少年院に送致する。

理由

第一、少年はC、F等と共謀の上、昭和三一年八月一六日神奈川県藤沢市○○○○海岸海水浴場内、○○○海の家脱衣場に於て、G所有の男物腕時計一個(時価五、〇〇〇円相当)、現金九〇〇円及びH所有の男物腕時計一個(時価三、〇〇〇円相当)を窃取したものである。

第二、少年に対するその他の非行事実については、

(イ) 昭和三一年八月二九日付司法警察員作成の静岡家庭裁判所長大嶋京一郎に対する少年事件送致書記載の虞犯事実

(ロ) 同年七月三一日付同員作成の静岡地方検察庁検事正久保田春寿に対する少年事件送致書記載の道路交通取締法違反事実のとおりであるからこれを引用する。

上記第一の所為は刑法第二三五条、第六〇条、第二(イ)の所為は少年法第三条第一項第三号、(ロ)の所為は道路交通取締法第七条第一項第二項第二号、第二八条第一号に該当する。

少年は本籍地において、父M、母Wとの間において婚姻外の子として出生し、その養育を受けて比較的順調に成長したが、昭和二六年三月静岡市××小学校を卒業し、静岡市○中学校に入学した頃から次第に我儘で自己中心的、排他的な性格となり、級友からは敬遠され、また学校を欠席、遅刻が多くなり、その成績は下位であつた。昭和二九年三月同中学校を卒業し、静岡市○○町の△△印刷に就職し、初めは忠実に働いたが、残業の多いのに嫌気がさして、約一〇ヶ月で同所を退職し、その後東京都新宿区の某印刷所や静岡市○○町の△△工業所の工員となつたがいずれも永続せず、一年足らずで夫々退職し、それから暫くは家庭で徒食していたが、昭和三一年二月頃から職業安定所の紹介で、静岡市○○町のコケシ土産物店N方に就職したがここも当初、出席勤務状況は良好であつたが、同年四月頃から怠け出し、素行も不良のため、同年七月同所を解雇された。爾来家庭で無為徒食し、C等の犯罪性ある不良徒輩と交遊し、静岡市内の公園、市街地等を徘徊していたが、同年八月六日右C等と市街を徘徊していた際に右Cが静岡市△△△町の○○劇場附近で下駄を窃取した事件で警察官から少年も嫌疑を受けて、附近の駐在所において取り調べを受けた際、係官の隙を窺つて逃走し、同日C、F等と清水公園で落合い、同公園にあつた金属製の燈籠を窃取し、これを古物商に売却し、これを旅費にして、右二人と鎌倉市に赴き、同地の海水浴場で遊び迴つているうち、藤沢市○○海岸の「海の家」脱衣場から前記の通り腕時計二個、現金九〇〇円(本件第一の非行)及び鎌倉市の海岸脱衣場○○○亭から、時計一個、現金一、五〇〇円(未送検)の各非行を敢行したものである。

少年の性格は他人の批評を特に気にするところがあり、職業趣味等外的な事物に対する興味が薄く、無関心である。また建設的協調性が少く、孤独感が著しい。その上衝動的行動に出る性癖がある。

少年の家庭は、母、兄、妹等五人家族である。父は生前鍛治職をしていたが、昭和二七年病死した。このため家庭の経済状態は頓に困窮し、現在辛うじて兄等の収入で支えている。しかも母は少年に対し盲愛的で指導力に乏しく、また兄等二人はいずれも少年と年齢が接近し、これを善導していく丈の能力がない。次に静岡市○○○町に異父姉が指物職人Kと結婚居住しており、少年の引取方を希望しているが、少年の性格等に照し、その更生を期するに足る所でない。

しかして少年は警察以来終始一貫して係官に対し、反抗的な態度を示し、特に調査官の調査に対しては強く反抗しており、性格の変調が窺われ、しかも反省と更生の態度がない。しかして現在全く自棄的な状態であつて、肉身に対しても拒否的である。

そこで以上諸般の点からその処遇を考えるに、少年の性格的変調は可成り深刻なものがありかつ自棄的な行動が多く、その指導には困難が予想せられるところ、家庭は保護能力に乏しくまた少年を異父姉の許に預けることも考えられるが、前記の通り調査の段階で少年が示した言動からも窮われる如く少年には反省心に乏しいから異父姉の指導に少年の更生を期待することは相当でない。そこでこの際一定期間収容施設に収容し、適切な矯正教育を実施し、少年の性格を矯正し、かたわら環境の調整を図るのを相当と思料するので少年法第二四条第一項第三号、少年院法第二条第三項により主文の通り決定する。(昭和三一年九月二一日 静岡家庭裁判所 裁判官 相原宏)

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